「バカな老いぼれめ、俺は蛇だ」

「悪魔が仕掛けた最悪の罠は、悪魔なんて存在しないとお前たちに信じさせたことだ」

何度か言っているが、私は AEW を見始めるまでプロレスから十年近く離れていた。その間はほぼ試合を見ることなく、たまにニュースを目にする程度だった。

それでも、この言葉が自分の中から立ち消えることはなく、むしろどんどんと存在感を増していった。

その試合がどういう状況で行われたのかもわかっていなかった。その試合がどんな意味を持っていたのかもわかっていなかった。ただ、そこで語られた「物語」に魅了されてしまった、としか言いようがない。

この言葉を放った男の名前はCMパンク。Ring of Honor を離れ WWE に加入する寸前の “Death before Dishonor 3” での一幕だった。

CMパンクが AEW に加入しプロレス界に復帰する。その噂がまことしやかにささやかれたときに浮かんだのは興奮でもなんでもなく、ノスタルジーに毒されたくないという思いだった。

プロレスを見なくなったのは Summer of Punk の前夜というべき2011年で、もちろんCMパンクは知っていたし、Straight Edge Society を見ていて好きな選手の一人でさえあった。そんな中で上記のマイクを目にする機会があり、CMパンクという名前はこの物語と私の中で深く結びついてしまった。

そしてプロレスを離れている十年間、私はこの物語を忘れなかった。繰り返し自分の中で語り直した。「物語をくわえ…血が出るまで噛む…それが毒性のものでないことを願いながら」※1。つまり、CMパンクのことを忘れなかった。

Summer of Punk の熱狂を味わったのだろう、あの復活の夜に集まった人々とは違えども、私なりにCMパンクという存在は大きく、それゆえに、そのノスタルジーのために AEW を楽しむ自分の気持ちを損なわれてしまうのを恐れた。

だがノスタルジーは、そうした理性をも超えるからノスタルジーたりえる。

「来てしまったものはしょうがない」 ある種のあきらめと共に、熱狂の中に身を置くことにした。その熱狂は果たして自分のものなのだろうかと思いながら。

その違和感は、私にとって AEW の「今」を示す一人によって暴かれた。

他の連中はビビッて言えないだろうが俺は違う。出て行け。

キングストンの怒りの炎によって、違和感を覆い隠そうとしていた熱狂が焼き尽くされる。AEW の魂の一部となったキングストンを前にして、CMパンクは AEW に来て初めて熱狂が憎悪に裏返る瞬間を味わう。そして笑った。

その表情を見て思った。この人は蛇だったと。

もう一人、熱狂に今度は冷水を浴びせかけることのできる、 AEW の「今」を指し示す男がいる。

ノスタルジーはさながらドラッグというのは本当なんだな、そいつは俺たちの記憶を作り変えてしまう。
そしてあんたはただのノスタルジーだ。

MJF という男の持つ、すべてをストーリーという「嘘」の中に組み込むがために真実を見せてしまうという二律背反。それでもまだ、 MJF の「嘘」はストーリーの中にあった。一枚の写真が、MJF の真実を見せてしまうまでは。

この日はお前にとって人生最大の日だったろう。そしてこの日は、俺にとってはただの金曜日だった。

あの日はただの金曜日なんかじゃなかった。あの日は俺にとってのすべてだったんだ。

俺はCMパンクのようになりたかった、プロレスラーになりたかった! テープを繰り返し流して、目が充血するまで試合をいくつも見た。鏡に向かって声がかれるまでプロモの練習をした。ただCMパンクのようになりたかった!
2014年1月。あんたはいなくなった。あんたの存在を何よりも必要としているときに、あんたのことを信じて疑わないときに、あんたは俺を置き去りにした、俺たちみんなを置き去りにしていったんだ!

学校になじめず得意のアメフトでもチームメートにいじめられる中、プロレスに救いを見出しCMパンクに憧れた MJF 。しかし「彼のようになりたい」という夢は、奇しくもCMパンクその人がプロレス界から去ることで破れてしまう。「彼にできないことを、自分がどうやったらできるという?」

CMパンクなんて知ったことか、俺がベスト・イン・ザ・ワールドになる。学校でいじめられているはみ出し者の子供が俺を見ているのなら、俺はその子を見捨てていなくなったりしないと誓った。あんたとは違ってだ、CMパンク!

その憧憬が、怒りに変わる。自分は見捨てられたのだという認識が、憎しみに変わる。彼らしからぬ慟哭が、己の作り出した熱狂と「その後に残された不在と空虚」※2から MJF という存在を生み出したことを認めろとCMパンクに迫る。

「本当か、本当のことなのか?」
「……本当だ」

七年間の空白を埋めるように AEW でのキャリアを進めてきたCMパンクはついに MJF という「今」にたどり着き、「埋めようのない七年間の空白」に向かい合うことになる。それは AEW を見る、かつてあの熱狂に身を浸し空白の七年間を過ごした人々にとっても同じことで……。キングストンのときと同じように、再び、熱狂が憎悪に裏返る予感が生まれる。

だがふと、心の中で何度も繰り返したあの物語を思い出す。「悪魔が仕掛けた最悪の罠は……」

俺もかつてはさまざまにひどいことをした。ある選手の依存症をそいつが職を失うまで揶揄したり、伝説的な選手にそのマネージャーの灰をかぶせたり……。でも俺から言えることは、そういう憎悪で身を温め続けることはできない。ただ身を燃やし尽くしてしまうだけなんだ。俺が今得ている敬意は、与えられたものではなく勝ち取ったものだと思いたい。
けれどこれは、今テレビを見ながら君に憧れる11歳の少年のことなんだ、マックス。俺は今朝、起きて顔を洗って自問した。「お前は、いい人間か?」 答えはこうだ、「そうありたいと思っている」

償いを示すように腕を広げるCMパンクに抱きつく MJF 。かつての11歳の少年ならそうしたように。

そして、彼はもはや「11歳のCMパンクに憧れる少年」ではなかった。

バカな老いぼれめ、俺が蛇だ。悪魔が仕掛けた最悪の罠は、悪魔なんて存在しないとお前たちに信じさせたことだ。お前と、愚かな子羊どもに思い知らせてやろう、俺こそが悪魔だったと。

物語に力を与える方法とは何か。それは語ることだ、と思っている。繰り返し語られるからこそ、もしくは繰り返し語られるほどに、物語は力を持つ。それはいずれ、時を変え場所を変え人を変えてなお語られる物語になる。

MJF はCMパンクという物語をくわえ、血が出るまで噛んだ。その物語の持つ毒をも自らのものにしてしまった。そして「初めて繰り返す」、この物語を初めて聞く者たちのために。

その中からまた、この物語を「初めて繰り返す」者が現れるのかもしれない。もしかしたら今テレビを見ている11歳の子供たちの中から。物語はまた一巡して一つの円環を作り出す。己の尾を噛む蛇のように。

(了)

※1 アーシュラ・K・ル=グウィン『世界の果てでダンス』より「暗い嵐の夜でした、あるいは、なぜ私たちは焚火の周りに集まるのか?」
※2 コーディの AEW で最後のマイクより。Cody Rhodes Held Nothing Back! | AEW Dynamite, 1/19/22

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